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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(あ)1528号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人吉田克弘、同南部孝男、同井上博隆の上告趣意のうち、憲法三一条、三九条違反をいう点は、実質において単なる法令違反の主張であり、その余は、単なる法令違反、事実誤認、最刑不当の主張であって、すべて刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

所論にかんがみ職権をもって判断すると、真実の所得を秘匿し、所得金額をことさら過少に記載した法人税確定申告書を税務署長に提出する行為は、それ自体法人税法一五九条一項(昭和五六年法律第五四号による改正前のもの)にいう「偽りその他不正の行為」に当たると解すべきであるから(最高裁昭和四六年(あ)第一九〇一号同四八年三月二〇日第三小法廷判決・刑集二七巻二号一三八頁、同昭和四七年(あ)第一五八八号同四九年一二月一三日第三小法廷決定・裁判集刑事一九四号三四一頁参照)、所得を秘匿したうえ内容虚偽の法人税確定申告書を税務署長に提出した旨を判示した第一審判決には、逋脱犯の実行行為についての判示に欠けるところはなく、これを支持した原判決の判断は正当である。

また、右の所得を秘匿するため所得秘匿工作をしたうえ逋脱の意思で会社臨時特別税確定申告書を税務署長に提出しなかった場合には、所得秘匿工作を伴う不申告の行為が会社臨時特別税法二二条一項にいう「偽りその他不正の行為」に当たると解するのが相当であるから、所得秘匿工作を伴う不申告の行為があったことを判示すれば足り、所得秘匿工作の具体的な日時、場所、方法などについては判示することを要しないものというべきである。そうすると、公表経理上架空の売上原価を計上するなどして所得を秘匿したうえ申告期限までに申告書を税務署長に提出しなかった旨を判示した第一審判決には、逋脱犯の実行行為についての判示に欠けるところはなく、これを支持した原判決の判断は正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官貞家克己)

弁護人吉田克弘、同南部孝男、同井上博隆の上告趣意(昭和六一年二月一八日提出)

第一、原判決は、「罪となるべき事実」の記載について判決に影響を及ぼすべき法令の違反があって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであり、また、法律の定める手続によることなく大和不動産に刑罰を科したものであって、憲法第三一条に反する。

一、原判決は、「控訴趣意中理由不備の主張について」において、(イ)税逋脱の意思、(ロ)実際所得金額(その計算の基礎となる勘定科目の明細を記載した修正損益計算書を添付)、(ハ)所得の秘匿及び(ニ)虚偽過少申告及びその日の各事実の記載があれば、所得の秘匿につき具体的事実を摘示をしていなくとも、「偽りその他不正の行為」の摘示として十分であり、犯罪事実の特定にも欠けるところはないとし、また、右(イ)ないし(ハ)及び無申告の各事実の記載があれば、所得の秘匿につき具体的事実を摘示していなくとも、「偽りその他不正の行為」の摘示として十分であり、犯罪事実の特定にも欠けるところはない、としている。そして、本件においては、虚偽過少申告及び虚偽無申告自体が偽りその他不正の行為にあたると解すべきである、としている。

二、しかしながら、「所得の秘匿につき具体的事実」を記載しなければ、「偽りその他不正の行為」の摘示としては不十分であり、犯罪事実の特定に欠ける、といわざるを得ない。

法人が租税を逋脱するために一事業年度中になす所得の秘匿行為にはさまざまなものが考えられる。第一審判決の別表3、修正損益計算書においては、五億八一六九万〇八〇五円の増差所得金額があったと認定されているが、右増差所得金額を秘匿するために法人が一事業年度内におこなう所得の秘匿行為には、日時・場所・態様を異にするさまざまな行為があり得るのである。同一金額の所得を秘匿するにも、売上高を過少に計上する行為、仕入高を過大に計上する行為、棚卸高を過少に計上する行為等、さまざまの行為態様があり、また、同じ行為態様であっても、事業年度開始直後に行われることもあるし、事業年度の中程に行われることもあるし、事業年度の終了間際に行われることもある。同一金額の虚偽過少申告が、日時・場所・態様を異にする所得秘匿行為によって行われるのである。それにもかかわらず、「所得の秘匿につき具体的事実」を記載しなくても、「偽りその他不正の行為」の摘示として十分であり、犯罪事実の特定として十分であるというのは誤りである。「所得の秘匿につき具体的事実」を記載しなければ、甲という行為による虚偽過少申告も、甲とは日時・場所・態様を全く異にする乙という行為による虚偽過少申告も、申告所得金額・申告日が同一であれば、同一の「偽りその他不正の行為」となり、同一の犯罪事実となるのである。訴因の機能が審判の対象を明らかにするところにあろうと、大和不動産の防禦の便宜のためであろうと、甲の行為による過少申告か、乙の行為による過少申告かが明らかでなければ、訴因の機能を果すことができない。有罪判決に「罪となるべき事実」を記載する目的の一つは、事件の同一性を特定することにあるが、甲の行為による過少申告と、乙の行為による過少申告が識別できないような記載方法では、「罪となるべき事実」を記載する目的を達していないといわざるを得ない。

「所得の秘匿につき具体的事実を摘示しなくてもよい」とする原判決の考え方によれば、抽象的に「(ハ)所得の秘匿」を摘示することなどは無意味なこととなり、結局(イ)税逋脱の意思、(ロ)実際所得金額(その計算の基礎となる勘定科目の明細を記載した修正損益計算書を添付)、(ニ)虚偽過少申告及びその日、の各事実さえ記載すればよいということになる。しかし、このような記載方法では、犯罪たる虚偽過少申告と、逋脱の意図を伴わない単純過少申告との区別は、単なる内心的心理要素のみによってなされることとなり、虚偽過少申告犯と単純過少申告者の区別が不明瞭となってしまう。

したがって、罪となるべき事実には「所得の秘匿」につき「具体的事実」の記載が必要である。

なお、第一審判決には、修正損益計算書が添付され、各勘定科目毎に当期増減金額が記載されているが、これによっても、具体的な所得秘匿行為の記載がなされているとはいえない。なぜならば、甲行為によっても、あるいはまた、これとは日時・場所・態様を異にする乙行為によっても、同一勘定科目の金額を増減して逋脱をすることができるからである。

以上のとおり、原判決は、罪となるべき事実の記載がなく、したがって刑事訴訟法第三三五条に違反する第一審判決を是認した点において、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであり、また、法律の定める手続によることなく大和不動産に刑罰を科したものであって、憲法第三一条に反する。

三、原判決は、虚偽過少申告、虚偽無申告自体が「偽りその他不正の行為」にあたる、としているが、虚偽過少申告、虚偽無申告自体を「偽りその他不正の行為」にあたるとした場合には、前述のとおり、虚偽過少申告、虚偽無申告と、逋脱の意図を伴わない単純過少申告、単純無申告との区別は、単なる内心的心理要素のみとなってしまい、両者の区別が不明瞭となってしまう。

したがって、この両者の区別を明らかにしようとすれば「偽りその他不正の行為」は、事前の所得秘匿行為を離れては考えられない。事前の所得秘匿行為ときり離して虚偽過少申告、虚偽無申告自体を「偽りその他不正の行為」とした原判決は法人税法第一五九条の解釈を誤ったもので、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであり、また、法律の定める手続によらずに大和不動産に刑罰を科したものであって、憲法第三一条に反する。

四、原判決は、「本件においては虚偽過少申告、虚偽無申告自体が偽りその他不正の行為である」としている。

原判決が「本件においては」という限定を付しているのは、本件を「所得秘匿行為を伴う過少申告、不申告」という認定を前提としているものと思われる。

すなわち、原判決は、所得秘匿行為を伴う過少申告、不申告の場合に、過少申告、不申告自体を「偽りその他不正の行為」とみているのである。そうであるならば、単純過少申告、単純不申告と虚偽過少申告、虚偽不申告との区別、すなわち、犯罪行為でない過少申告、不申告と犯罪行為である過少申告、不申告とを区別するために、所得秘匿行為の内容を罪となるべき事実として明かにして記載すべきである。

したがって、原判決は、罪となるべき事実の記載がなく、したがって刑事訴訟法第三三五条に違反した第一審判決を是認した点において、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであり、また、法律の定める手続によることなく大和不動産に刑罰を科したものであって、憲法第三一条に反する。

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